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LIFE
2018.03.12

観るときはひとりぼっち6[writer]きわみ

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© SPUTNIK OY, 2017

『希望のかなた』3月2日まで上映。

 アキ・カウリスマキ監督の映画では、とりたてて現実離れしたような劇的なことが起こるわけではありません。何らかのトラブルに巻き込まれたりもしますが、大袈裟に騒ぎ立てるようなことはしません。騒いだところで無駄だという肝の据わった態度です。身の丈に合わない正義を偉そうにふりかざすようなことはせず、人として正しいこと、地に足のついた選択を当然のこととして行動するだけです。観ているこちらは登場人物たちに対して、ささやかにでも構わないから幸福になってほしいと思わせる魅力がいつもあります。なぜなら彼らは決して弱音を口にしないからです。

 どの作品でも登場人物たちは基本的に無表情です。『浮き雲』のワンシーンを借りると、うっかり事故で怪我をさせてしまった同僚との控え室でのやりとり。「3針だ(傷を縫った)」「いくら?」と尋ねてポケットから出してお金を渡す。ぶすっとした無表情のまま受け取るので、怒っているのかなと思う。しかし続けて差し出されるタバコとライターの火を無言で受け入れる、その一連で既に許しているのが見て取れます。無駄なセリフとか表情はかえって邪魔でしかありません。

 特別な人間についての物語ではないので、馬鹿みたいな失敗やものすごく間抜けなことをよくしでかしたりもします。そんな時でももちろん無表情です。それがなんとも言えないおかしさです。そういった繊細さと無骨さが同居するような魅力にあふれています。

 印象的なものとして、非常に良い感じの握手があります。相手に媚びたり、取り入ろうとするような握手とはまったく違います。例えば選挙運動なんかでよく見るような、両手でこちらの手を包もうと迫ってくる非常に嫌ったらしい類のものではありません。何の後ろめたさもない、相手に敬意を払った対等な状態があるだけです。あんなふうに自然に握手を交わすことが出来そうもない気がするのは、そうした握手がお辞儀や愛想笑いなどとは物凄く食い合わせが悪いからなのでしょう。

 

 最新作『希望のかなた』をもって、残念なことにアキ・カウリスマキ監督は引退すると表明しています。これまでフィルムで撮ることにこだわってきた監督の引退ですから、フィルムによる新作映画を観る機会がまた一つ減ることになってしまいます。

 昨年、伊藤智生監督による魂のこもった必見の傑作『ゴンドラ』がシネマルナティックで上映されました。30年前に撮られた自主映画ですが、デジタル化を機に導かれるように劇場でリバイバルされたのです。来館した伊藤監督に、デジタル映写になってもフィルムで撮影したのが明らかに判るのが嬉しいですねと申し上げたら、「うん、全然違うからね、深みが違う」と仰ってました。5000万円という、人生を賭けた借金をしてまで35mmフィルムで映画を作り上げた方の言葉ですから説得力が違います。やはりフィルムでしか映らないものがあるのです。ただの懐古趣味でフィルムが良いと言っているわけでは無いんですよね。

 

 かつてのミニシアター・ブームを代表する監督の引退なわけですが、映画監督というのは引退を表明するものだったのかと思うばかりです。ツァイ・ミンリャンが数年前に商業映画に絶望して去ったように、デヴィッド・リンチも映画界からの引退を表明しています(ドキュメンタリー映画『デヴィッド・リンチ:アートライフ』はシネマルナティックで3月3日~上映)。引退を撤回するようなケースもあったりしますけれど、期待しても仕方ありません。その一方で、88歳を迎えるアレハンドロ・ホドロフスキーは未だに元気に新作を発表しています。『エンドレス・ポエトリー』はシネマルナティックで絶賛上映中です。このまま死なずに新作を発表し続けてもらいたいところです。ホドロフスキーだったらたぶん可能です。

 ミニシアターの映画たちに熱を上げた人たちは、果たして今でも映画を観ているのでしょうか。好きだった監督の新しい作品を観てみれば、なにか年齢なりの変化(自分自身も監督も)を見つけることができるかもしれません。それは過去の作品を同時代のものとして観ていた人間にとって特典のようなものです。『アンダーグラウンド』に感動したなら『オン・ザ・ミルキー・ロード』を、『汚れた血』が心に残っているならば『ホーリー・モーターズ』といった具合に、年月による変化が分かると思いのほか感慨深いものがあります。あるいは『エンドレス・ポエトリー』を観て、『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』の頃からまったくブレずに現在にまで至っていることを確認するなんてのもなかなか楽しいものです。『トレイン・スポッティング2』に関しては特に言うことはありません。あまり羅列するのも恥ずかしいのでこれぐらいにしておきます。あるいはかつて好きだった作品を観直すのもまた良いんではないでしょうか。少しくらい見識が深くなって、なんだかよく分からなかった内容が分かるようになっているかもしれません。もしかしたら、ただのすれっからしになった自分を発見するだけかもしれませんが。

 

 

『ブリーダー』

 ミニシアターが賑わった時代があったように、ビデオレンタル店もまた同様でした。現在ではほとんど見られなくなった個人経営のレンタル店もたくさんありました。映画館とは違って、入荷した在庫が残っていくわけですから、やる気のない店だとしても結果的にラインナップに個性が出るのが醍醐味。初見の店があればとりあえず見物しに入ってみるのは基本でした。古本屋を見つけたら入ってみるのと同じような感覚です。

 もちろん異常なこだわりを矜持とした店もあって、かつての松山だとブックスウィル久万の台店が代表だと思います。この店で狂ったセレクションを作り上げることに血道をあげた人物が、僕に映画を観るスタンスを教えてくれた師匠です(現在どうされているかはわかりませんが、たぶんまだ死んでない)。

 そんな店や人間はおそらく世界中に存在したに違いなく、もちろん代表はクエンティン・タランティーノなんでしょうが、『ブリーダー』はデンマークのそういうタイプのビデオレンタル店が舞台です。ライアン・ゴズリング主演の『ドライヴ』がとりわけ有名なニコラス・ウィンディング・レフン監督のこの初期作品は、なんとも若さが溢れた作品です。

 始まるなり、ラング、レオーネ、コルブッチ、スコセッシ、ペキンパー、クレイヴン、カーペンター、ヘルツォーク、キューブリック、フェリーニ、ヒッチコック、リンチ、ラスティグ、ウェルズ…(以下略)。

 店のラインナップ紹介として洪水のように50名くらいを監督の名前を羅列したところで、しかし客は「そうか。ポルノはあるか?」。まあそんなもんです。

 ものすごい勢いでまくし立てるので聞き落とされたのか字幕が間に合わなかったのか、リチャード・フライシャーやジャン・ピエール・メルヴィルといった巨匠の名前が削られています(メルヴィル監督特集は3月24日からシネマルナティックにて)。もしかしたら他にも漏れているかもしれません。そのくせ、ウィリアム・ラスティグやマリオ・バーヴァやルッジェロ・デオダードのようなキワモノ監督はしっかりと挙がっているのでした。

 映画監督を羅列するような趣味全開なところはいかにも若さに溢れていて、観ているこちらが恥ずかしくなりそうです。そんなことより銃撃シーンがあるんですけれど、カットが変わると空模様が晴天から曇天に変わってしまっているんです。ハリウッドが映画の街になったのは何より天候が安定しているからなのは有名ですが、いかに重要なことなのかがよくわかります。だったら空があまり画面に入らないように撮れば良いのにとも思いますが、きっとそれではダメなんでしょう。このシーンを撮影するにあたって、どうしても空が画面の大部分を占める、いかにも西部劇のようなアングルで撮りたい欲求を抑えきれなかったんだと思います。冒頭で羅列した監督の2番目3番目にセルジオ・レオーネ、セルジオ・コルブッチという西部劇(マカロニ・ウェスタンですけども)の巨匠をあげているわけですし。こういうところが若さを感じる楽しい要素です。

 今やレクター博士をも演じる実力派人気俳優となったマッツ・ミケルセンの若かりし頃の主演作なわけですが、この作品では映画オタクで他人と上手くコミュニケーションが取れない人間です。『悪魔のはらわた』を観ながら、登場人物にあわせてセリフをそらんじるような人間です。自室の壁にはブルース・リーやマッド・マックスなどのポスターを貼りまくり、茹でた麺らしき物にケチャップをかけただけの見るからにマズそうなものを食いながらビデオを一人で夜な夜な観ます。愛用の作業着の肩口が爆ぜて穴が開いているけれど構わず毎日着続けます。気になる女性に声をかける勇気を出したところで映画のこと以外何も話せず、その女性に好きな映画は何かと問われたらすかさず『悪魔のいけにえ』と答えるような好ましい人物です。マッツ・ミケルセンが好きならば必見の作品でしょう。こんなふうに弱気でナイーヴな役はこの先にはそうそう無いでしょうし。

 意中の女性は映画をあまり観ないですけれど、読書が趣味です。探しているのはヒューバート・セルビーJrだったりします。レフン監督はそういう作品を好んで読む彼女が欲しかったんでしょうか。ちょっとどうかと思いますが。それにしても彼女の行きつけの古本屋がものすごくて、数年前惜しまれつつ閉店した松山の老舗古書店「坊ちゃん書房」をあのまま数倍に拡大して、『化物語』の神原駿河の部屋(整頓前)が散らかすために応援に駆けつけたような本の錯乱状態です。そんなダンジョンさながらな薄暗闇のなか、物色している時に差し込んでくる光がものすごく暖かいです。劇中で一番やわらかい空気かもしれません。おそらく彼女にとって、このひと気の無い、カビの匂いが漂ってきそうな古本屋で過ごす時こそが何より安らげる聖域なんでしょう。ある人には大量のビデオテープに囲まれている時であったり、映画館の座席に収まっている時であるように。

 そんな彼女を映画に誘うことに主人公は成功します。約束した映画は変てこなホラーとかではなく『アルマゲドン』。人間的な成長とはこういうことなのでしょう。

 

 

『マニアック』

 上述の『ブリーダー』で、店の人間と仲間たちの恒例行事が正装してのビデオ鑑賞会なのですが、観ていたのがウィリアム・ラスティグ監督の『マニアック』でした。とんでもない鑑賞会です。

 ヒゲでロン毛でギョロ目のどう見てもモテそうにない男が主人公ですが、なぜかナンパにはそれなりに成功します。だがそいつはシリアルキラーで、引っ掛けた女性を惨殺しては皮を剥ぎ取ってマネキンにコラージュしまくっているのでした、というとても素晴らしい内容の映画です。

 中盤で主演のジョー・スピネルが、映画の登場人物にもかかわらず観ているこちらに向かって話しかけてきます。マーベル映画の『デッドプール』だったらそういう設定なので構いませんが、この映画の場合は伏線もなく唐突です。しかも、自分は正しくてこいつらが間違っている、ぶっ殺されて当然だよな、そう思うよな!というような主張に同意を求めてくるのです。完全にイカれていますが、こちらのささくれだった心を野蛮に覗き見してくるような、ものすごく居心地の悪い鑑賞体験を押しつけてくる奇妙さがありました。なにか、『タクシー・ドライバー』でトラヴィスが鏡に向かって「俺に言ってんのか?」問いかける、あの有名なシーンと非常に似た感触を覚える名シーンです。

 この映画の異常性は世界のどっかで誰かの心に引っかかってしまうようで、驚くべきことにリメイクされています。しかも主演はイライジャ・ウッド、『ロード・オブ・ザ・リング』のフロドです。主演どころか製作にまで携わるほどの熱の入れようです。女性を漁る手口が出会い系サイトに変わっていたりしますが、大まかなストーリーの流れは同じで、やはり惨殺目的です。

 そんな彼でも気になる女性が現れるもので、映画に誘ってみたりします。しかし観る作品は『カリガリ博士』。映画史上の傑作のひとつと言われていますが、夢か現実かわからなくなるような狂気に満ちた内容です。画面を観ているだけでも不安になるような非常にオトロシイ映画です。そして上映されている画面に出る字幕は、何かを暗示するかのように「At last I recognize his mania.」(やはり彼は偏執狂だ)。デートに相応しくないのは間違いありません。まるで、デートでポルノ映画を観に行ってしまう『タクシー・ドライバー』のトラヴィスのようです。こういう時に観に行くべきは、やはり『アルマゲドン』なんかが良いのではないかと思うのですけれど、いかがでしょうか。

 

 このリメイクは非常に凝った作品で、ほとんど主観映像で構成されています。イライジャ・ウッド主演にもかかわらず、顔すらロクに見えないわけです。まともに映るのは鏡を見ている時くらいです。鏡の中の自身を正面から見ているシーンなんかが非常に面白いです。考えてもみて下さい、普通にこれを撮ろうとしたら絶対にカメラを構えている映像のはずなんです。CGなどの技術に乏しい時代だったら度肝を抜かれるトリック映像だったのは間違いありません。

 撮影するにあたって鏡などというものは確実に邪魔になるわけですから、わざわざ画面に配している以上は何らかの意味があると考えるのが普通です。殺人を犯す欲求を抑えられない自分を受け入れ難い主人公にとって、鏡に写る自分は違和感でしかなく、見たくもない誰かという感じなのでしょう。そんな精神状態だと、鏡の中から不意に語りかけられることがあるかもしれません。「俺に言ってんのか?」あるいは「あいつらが悪いんだよな!」とでも。

 ただ陰惨で不愉快なこの映画の何が面白いのかと訝しく思うかもしれませんけれども、間違って英雄になる可能性をまったく排除した『タクシー・ドライバー』が、もしかしたらこの『マニアック』なんじゃないでしょうか。そう考えると、なにか切実な悲劇のような気がしなくもありません。

  『マニアック』監督のウィリアム・ラスティグは他にも『マニアック・コップ』シリーズも手掛けています。かつてテレビで放映された際には『地獄のマッド・コップ』だったので、そっちならば聞き覚えがある方もいるかも知れません。『マニアック・コップ2』の秀逸な惹句「お前には黙秘権がある、永遠に…」は、いつかどこかで誰かに言ってやりたいものです。

きわみ

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