サモ・ハン
「サモ・ハンだ!」
「キンポーだ!」
「「合わせてサモ・ハン・キンポーだ!」」
たしか「幽玄道士」か何かで悪党二人組みが出現するたびに言っていたギャグですが、20年以上前の日曜洋画劇場の記憶なので詳しいことは全然思い出せない。テンテンやスイカ頭が大人気だったキョンシー・ブームの時代、語感だけでギャグにされてしまうくらいに日本でもサモ・ハンの存在はお茶の間レベルで浸透していたわけです。
今ではかなり知られるようになりましたが、サモ・ハン・キンポーという呼び方は間違いです。正しくはサモ・ハン、あるいは洪金寶(ハン・キンポー)。でも相当に強く根付いているようで、シネマルナティックでデブゴンの新作やりますよ!とある程度以上の年代の人に教えたら、「サモ・ハン・キンポーの!?」とほぼ返ってくるのが微笑ましい。なにしろ声に出して楽しい名前なので仕方がありません。
デブゴン
サモ・ハンといえばどうしてもデブゴン、動けるデブの代名詞です。「燃えよデブゴン」はブルース・リーへの尊敬と憧れがすさまじい作品で、アクションや所作、表情の作り方を完コピしまくったサモ・ハンが、デブだというのにブルース・リーそのものに見えて仕方がなくなるのは感動的です。それにしても今になって観直してみると、当時のサモ・ハンはちょっと大柄なくらいで、思っているよりもデブではないんですけどね。デブかデブじゃないかでいえば勿論デブですけれど。我々の心の中のデブの基準はいつの間にかインフレしているようです。
原題は「肥龍過江」です。ただ肥えた龍だからデブゴンでは断じてありません。ドラゴンになりたいデブだからデブゴンなんです。「肥龍過江」というのは「猛龍過江」という作品のタイトルのパロディなわけですが、これは言わずと知れた「ドラゴンへの道」の原題です。ブルース・リーの残した傑作のひとつですね。だったら「燃えよデブゴン」じゃなくて「デブゴンへの道」じゃあないのかと思うかもしれませんが、そのような逆ダイエットみたいなタイトルだと締まりがなさすぎます(ボディが)。サモ・ハンは「燃えよドラゴン」の冒頭でブルース・リーに公開稽古をつけてもらって映画の歴史にゆるぎない立ち位置を刻み込んでもらった人間ですから、矜持も持って目指すものはドラゴンであって決してデブゴンではないんですよね。それに英題の「Enter The Fat Dragon」は、「燃えよドラゴン」の英題「Enter The Dragon」からつけているので、「燃えよデブゴン」こそが正解だということで良いんじゃないですかね。
人気者の出演作品は勝手に続編扱いされるのは世の常、デブゴンの名を冠した作品は両手で数えても足りないほどあって、驚くべきことに「燃えよデブゴン」のナンバリングタイトルだけでも10もあります。しかし原題に肥龍の名を冠したものなど無いに等しく、「痩虎肥龍」の「痩せ虎とデブゴン(ハチャメチャ刑事マックとロン)」ぐらいじゃないでしょうか。「痩虎肥龍」はおそらく「臥虎蔵龍」をもじったタイトルなのですけど、これはアン・リー監督の「グリーン・ディスティニー」の原題でもあるのでこの四文字に見覚えのある人も案外いるんじゃないかと思います。人は見かけによらないみたいな意味なので、ただのデブだと思うと痛い目に遭うから気をつけろよ!ということでしょうか。本作でも例によって、ブルース・リーなりきるサモ・ハンを堪能できます。もはや観ている人間の誰もがただのデブだなんて最初っから思ってなどいません。そんなことより問題は痩せ虎のほうで、劇中の字幕では残酷にもハゲ虎と呼ばれまくっていることでしょう。たしかに見た目どおりとはいえ、本来は痩せとデブの対比だったはずなのに。見かけによらずまあまあのキレ者でそれなりにモテてはいましたが。そんなハゲ虎のカール・マッカは最新作の「おじいちゃんはデブゴン」にも出演しています。「ロッキー・ザ・ファイナル」でスパイダー・リコが出てきた時ほどには感動しませんが、健在ぶりが確認できるのは嬉しい。
おじいちゃんはデブゴン
サモ・ハンis Back!です。シネマルナティックで6月24日から上映です。
「帰ってきたデブゴン 昇竜拳」でまだまだ動けるデブであることを充分に見せつけたのは90年代の出来事。いつのまにか去ってしまっていたようですが、再び帰ってきて監督・主演作品としては20年ぶりだそうです。
「SPL」や「イップ・マン」でドニー・イェンとガンガンにぶつかりあっているような現役だと思っていたのに、いきなりおじいちゃんと言われてこちらは困惑してしまいます。しかも若干、認知症が始まっているという…。なんてこったと思わずにはいられない事態ですが、アクションのキレは健在なので安心してください。長年の修行で身に付けた功夫は認知症などには負けないのです。かつてより増量した肉体はますます説得力を高めております。
おじいちゃんといっても血縁ではなく、近所の女の子が慕ってきているにすぎません。その子の父ちゃんがどうしょうもないギャンブル中毒なのですが、まさかのアンディ・ラウです。サモ・ハン映画に意外なとりあわせと思うかもしれませんが、案外そうでもありません。「七福星」で刑事3人組が出てくるんですが、ジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、そしてまさかの若きアンディ・ラウ。珍しくカンフー・アクションをしていました。あまりに大きい二人の存在感のせいで、気を抜いていたらうっかり見落とすかもしれません。まだまだオボコい雰囲気ですし。アンディ・ラウはかつて日本でも本当に大人気な時代があって、古本屋に行くと彼の写真集が中古で売られているのをよく見かけました。100円とかで。つまりそれだけたくさん売れたということですね。
サモ・ハンが孤独な老人というのがなにより悲哀を誘います。七小福のリーダーだったのも無関係ではないと思うんですが、面倒見が良さそうで、仲間や後輩を大事にしている印象がものすごくあるんですよね。近年だと「拳師」で武術学校の先生役を演じているんですが、生意気盛りの生徒に若干馬鹿にされている雰囲気すらあります。だからといって怒ったりもせず、仕方がない奴らだなあと思いながらも見守っている姿は役の上だけのこととも思えません。でも生徒たちのピンチではものすごく強いところを見せて、やっぱりスゲエなと威厳を取り戻すのは痛快です。
サモ・ハン監督作品の「スパルタンX」といえば、名ばかり同じで内容はまったく関係のないファミコンソフトがあるのでとりわけ有名です。ジャッキー、ユン・ピョウに花を持たせてサモ・ハン自身は一歩引いて演じているのが心憎いです。映画を面白くするためには引き立て役に徹して三枚目も辞さない。だからこそラストの三人そろい踏みは最高に盛り上がるんですね。でもこの作品でもっと重要なのは、ユン・ピョウが見せた二階からの信じられないような飛び降りかたと、邦題の由来がスパルタン号という車の名前でしかないことでしょう。
「イップ・マン 葉問」は引き立て役としての最高な作品のひとつでしょう。これはどう観ても「ロッキー4」におけるアポロです。負けるはずが無い強さを持っていると、負ける姿を見たくないと、観ている我々が本気で思っているからこそ成立する役回りです。
福星と名のつくシリーズの中学生男子の修学旅行のような雰囲気は捨てがたい楽しさ。ベッドにギッシリと福星の面々を敷き詰めた上からシーツをかぶせて女の人が眠りに来るのを待つ、みたいな、まいっちんぐマチコ先生みたいにくだらないイタズラばっかりしているんです。この世界のどっかでずっとそんなことをやっていて欲しい連中です。こんな奴らに囲まれて、デブだなんだと馬鹿にされながらも楽しそうにしているサモ・ハン。
ものすごく強いのに偉そうにふるまわず、三枚目のモテないキャラクターを演じ続けている人物を信用せずにはいられません。
「五福星」で、
「なぜいつもイジメられてるの?本当は強いのに。」
と聞かれてこう答えています。
「昔はイジメっ子でよくケンカしてた。
でも今は友達が大切だ。
イジメられても平気さ。」
きわみ
シネマルナティック周辺人
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